立命館大学スポーツ健康科学部  教授 海老久美子さん  後編

海老先生とゼミ生たち~調理実習~

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前篇の続き

宮崎:

オリンピックの強化チームを担当されていましたね?

海老:

国立スポーツ科学センターの一員として、オリンピックの強化指定選手全員が対象でした。

 

 

 

 

 

海老:

印象的だったのはある計量競技の選手の担当になった際「2ヵ月間で2階級下げなくてはならなくなった」と。なぜ、そんなことになったかを聞くと、その階級の選手に欠員が出たので勝てるチャンスが出て来たから指導者に階級の変更を指示されたというんです。2ヵ月で7~8kg落とさなければならないんですが、その時点で既に体脂肪率も高くないので、トレーナーとどうするかを相談しました。最初は水分をなるべく摂るようにして、無理のないぎりぎり(笑)のエネルギー設定をして減量を始めたのです。本人もすごく頑張っていたのですが、1ヵ月ほどした時に、1階級下でも欠員がでたため、今度はその階級にしろと。その階級は既にクリアーしていたのでその選手は「もう痩せなくていいんだな」なんてなっちゃってモチベーションが保てず、試合もいい結果にはなりませんでした。

その選手の報告書を書いたときに食事の内容だけでなく、階級の変更についても触れて、競技選手としての悪影響だけでなく健康にも悪いことを指摘しました。

また、ジュニア選手権に出場する選手や体操の選手などで、成長期にある場合は「今、身長が伸びたら重心が変わってしまうので困る。身長を伸ばさないためにはどうしたらいいですか」という選手もいますね。

 

宮崎:

マジですか?アスリートの栄養指導には結果が求められますね。しかも記録・体重・体型・健康の面で具体的な結果が。

臨床の現場で活躍する管理栄養士の場合、制度として結果は要求されません。だから多くの管理栄養士は結果が出なくて一人で落ち込むことがあっても、「しかたないなぁ」で終わっちゃうことが多いんじゃないかなぁ。       責任が問われませんから。

だから、結果に対する執念みたいなもが弱い!もちろんみんながみんなではありませんが...

でも、どうやって結果を出すんですか?

海老:

スポーツ栄養の場合、結果を求められても必ずしも競技で勝てるわけでも、あるいは記録をのばせるわけでもない。そうするとしっかりとしたアセスメントをして、なにが結果なのかを明確にし、それを選手や周囲の人たちと共有することが重要です。

評価の項目の中に定量化できる数値だけでなく、自覚的なデータを入れる必要がありますね。そのためには自分が行なった栄養指導に対する評価やストーリーをちゃんと表現できる能力をつけないといけません。

宮崎:

先日、私が尊敬する管理栄養士の方も「結果が出せないのはエビデンスが曖昧だから。」ときっぱり言われていたのが強烈に記憶に残ってます。

海老:

評価・効果を共有するということは、クライアントの幸せにも繋がると思うんです。

今、マスターズなどで運動を頑張っている高齢者たちのQOLって高いですよ。そして、みなさん早く年をとりたいとおっしゃいます。たとえば、60代で今の記録だと世界大会には出られないけど、現在の記録を保って70代になれたらメダリストになれるかもしれない。そういうモチベーションで70代、80代を過ごされる方はすごいと思いますし、そんな高齢者をサポートするスポーツ栄養があってもいいと思います。

実際に世界大会に出場する60代以上の方と話すと開催国の食べものについて強い関心を持っていたり、帰って来てからも体重の増減などその国の食事で体験したことを話してくれたり。                            あるいは日本の食事がいかにありがたいかわかったとか、海外旅行をして食べたいものを食べるよりも競技を目的に行くと違った視点で見られるようですね。

宮崎:

そうかぁ!同じ高齢者でも臨床の現場とは、そもそも指導される側のモチベーションが違うか?!

海老:

トライアスロンを始める年代で最も多いのは40代だそうです。もし、その年齢まで体を酷使していたらトライアスロンはできなかっただろうという人がよくいます。運動が苦手でもこつこつと走ったり歩くことを続けていると、70代・80代になってもスポーツで楽しいことが待っているかもしれないし、いろんな人と知り合えるかもしれません。

また、活動する人はお腹が空くし、五感が研ぎすまされて来ます。あまりお勧めはしませんが、ここを乗り切ったらビールが飲める!というモチベーション。体を動かす人は食べることに喜びを持てる集団だと思いますね。

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(調理実習の料理)

 

宮崎:

海老先生の次のテーマはなんですか。

海老:

今まではオリンピック選手や全国の高校球児など、自分から伺って栄養指導をしてきましたが、ここにきて一つの拠点をもって初めて思うのは、クライアントとの一部の関わりだけでは見えないことが沢山あるということ。人の暮らしの中に食があるので、生活に根ざした食事をどう考えるか、QOLに対してスポーツと食事がどう寄与できるかが大きなテーマです。おいしさの概念は味以外にもいろいろな要素があります。エネルギーや栄養のバランスがとれた食事だけにこだわるのではなく、その人にとっておいしい食事はなんなのかを考えて行きたいですね。

また、今までがむしゃらにしてきた仕事を、今の学生や若手の研究者、同僚の先生方と力を合わせたら、私だけの視点ではわからない今までにないものをつくれるのではと思っています。

それから、管理栄養士さんたちに思うのは、自分がやりたいことはクライアントが欲しているものではない場合もあることを知ってほしいですね。ニーズ・ウォンツにこたえられるものを自分でコーディネーションするスキルが必要。また、自分に足りないものを補ってくれる分野の人たちといっしょに作り上げて行く能力を身につけてほしいです。

宮崎:

最後に、今日お話を伺っていて、海老先生はアグレッシブに自分の道を切り開いてこられたという印象を受けたのですが、社会人として心がけてこられたことはありますか?

海老:

自分の仕事への批判とかを恐れてばかりいると面白くなくなります。逆にもっと想像力をふくらませて能動的に仕事ができれば面白くなります。ただ能天気に「あれがしたい」「これがしたい」と言うだけじゃダメなんです。私は会社員時代に本を書かせてもらったり、大学院に行かせてもらったりしたので、意地でも自分の社会的な評価を高めて会社の売上に繋げようと決めていました。会社から勉強の機会を与えられたら、とにかくやりぬくこと。でも、個人の勉強になってしまってはダメで、アウトプットできるようにしないと。

宮崎:

まさに次世代型だなぁ(笑)本日はありがとうございました。

 

 

海老 久美子(えび くみこ)

神奈川県出身 

博士(栄養) 管理栄養士 公認スポーツ栄養士

学 歴

1985年 大妻女子大学  家政学部  食物学科管理栄養士専攻  卒業

2007年  甲子園大学大学院  栄養学研究科  栄養学  博士課程後期課程  修了

職 歴

1985年4月-1988年6月 株式会社日立家電首都圏営業本部

1989年3月-2006年3月  株式会社スポーツプログラムス 

2006年4月-2009年9月 国立スポーツ科学センタースポーツ医学研究部契約研究員

2010年4月-  立命館大学スポーツ健康科学部/同研究科 教授

委 員

NPO法人日本スポーツ栄養研究会理事

日本オリンピック委員会強化スタッフ(硬式野球) 

著 書

「野球食」ベースボールマガジン社 2001年

「野球食のレシピ」  ベースボールマガジン社  2011年

「アスリートのための食トレ~栄養の基本と食事計画」  池田書店  2010年

「スポーツサイエンス入門 」 丸善株式会社  2010年 など